2009-01-30

THE RED BAND


1970年代は、その前半と後半では、180度ちがう別世界。前半までは激化する思想の衝突。後半からは飛躍する女性の時代。1960年に始まったベトナム戦争。米ソが宇宙開発まで繰り広げて戦った、共産主義VS資本主義の冷戦は、1975年、サイゴンの陥落によって、またひとつ、選挙の当選をしるす薔薇のように、地球を赤色に染めた。しかしここから、地上戦で大敗し、宇宙戦で圧勝したアメリカとソ連とのパワー・オブ・バランスが不均衡にも保たれる。以後、世界中に吹き荒れたスチューデントパワー、とりわけ、先鋭化していった日本の大学紛争も、東大安田講事件を境に収束していった。60年代のフラワーチルドレン「ヒッピー」から、やがて来る80年代の「ヤッピー」へ様変わる継ぎ目。かっこいいが、「シングル」から「ダブルインカム・ノーキッズ」の時代へシフトする始まり。70年代後半は、まだ、声高に女性解放が叫ばれた時代の節目だった。その震源地ニューヨークから「翔んでる女」「女の時代」「自立する女」「働く女性」「シングルウーマン」なんて言葉が飛び交い始め、彼女たちのNYファッションが威勢よく世界に発信された。"Sex and The City"の起源、ここにありか。でもそこは、まだ、ゲバルトにエロ・グロ・ナンセンスと、60年代が壊した禁断の「タブー」が立ちこめて、 デビューするすべてが鮮烈な挑み。そんな時代のこけら落しは、NYのファッション業界を舞台に、禁断のテーマ「レイプ/強姦」と、その裁判過程を扱った衝撃の問題作「リップスティック」1976、から封切られる。映画は、へミングウェイの孫娘マーゴ・ヘミングウェイと姉のマリエル・へミングウェイの起用もあいまって、スキャンダラスな話題が時代の気分を増幅。続く「アニーホール」1977、「グッバイ・ガール」1977、「ミスター・グッドバーを探して」 1977、「結婚しない女」 1978、と、映画のタイトルは、ことごとく時代の流行語として女性誌を飾り、「サタデー・ナイトフィーバー」1977、「ビッグ・ウェンズデー」1978、が脇役飾る。「自立」の80年代への大晦日がレイト70'sだったのね。

91~2年だったか、ジャスパー・ジョーンズやウィーホール、ホックニー、ステラ、なんて本生をマジに扱うコンテンポラリーなギャラリーを主宰していた当時の彼女から「アレックス・カッツの珍しい立体がサザビーのオークションに出たよー」と、コレクションブックを渡された。カッツらしい女性の等身大の立体。たしか150万くらいだったか。この期を逸して、僕のカッツ物は "The Red Band"と、写真の画集が1冊。女性を描く、それも奥さんをたくさん描く画家が好きな僕のお気に入りだ。そもそも、アレックス・カッツの "The Red Band" (1978)との出会いは、1960年代の西海岸を舞台に、3人のロコサーファーたちが激しさを増すベトナム戦争に翻弄されていく伝説のサーフィン映画「ビック・ウェンズデー」1978、で一躍スターダムに上ったジャン・マイケル・ビンセントが起用された、サントリーの新時代ウイスキー「NEWS」のCMだった。それは、時代のキャッチフレーズとなった映画「結婚しない女」1978、のラストシーンを引用したもの。離婚を決意した主人公エリカ(ジル・クレイバーク)は、大きな絵を一枚を抱えてセントラルパークを見晴らす高層マンションを出る。自分も隠れてしまうほど大きな絵を抱えるエリカは、摩天楼のビル風にあおられよろめきながらも、一人マンハッタンを歩き始めた。「シングル」を強調し「自立」を象徴させる場面。その絵がシンボライズする「女の時代」を、カッツの"The Red Band"は引き受けていた。うまい時代の見せ方が記憶に残る、うなるCM。時ちょうど商業ビル「VIVRE」で建築デビューしたばかりの28歳。この仕事がきっかけで、僕は日本に初めて、ミース・ファン・デルローエやベルニーニ、ダンスクやカイボイセン、マリメッコなどを輸入紹介した高橋氏に見初められ、以後、全国でいくつか仕事のお供をさせていただいた。今はなき、帝国ホテルの「亜門茶廊」、青山の「10ROSES」、銀座の「砂糖人形」、赤坂の「シティ」、白井晟一仲條正義のレアな仕事の数々。当代きっての趣味人は、雑誌「太陽」にも御夫婦でちょくちょく登場される文化人。その高橋邸で、期せずして本物の"The Red Band"とめぐり合ったのだ。自室には、クロームが錆付いたオリジナルのバルセロナチェアに、ピカソもマチスも魯山人も、何気に散在。「洗練された雑然」をここで学ぶ。アレックス・カッツが見つけてくれたオカダシュミの原点そこにあり。

0 件のコメント:

QLOOKアクセス解析